この記事は沖縄の離島西表島でアクティビティーツアーショップを経営しながら双子の子育てに奮闘する家族の記録を残した物です。西表島に移住を考えてる方や、子育てに悩みを抱えている方に何かヒントになる良い情報を提供出来たらと思います。今回は出産の時の記録です。

コロナ禍での出産へ

10月に入りいよいよ出産の日が近づいていました。5月から赤ちゃんがしんどくなったら出産ですと言われていたので1000g以下の未熟児出産もあるかもとヒヤヒヤしていましたがなんとか37週目まで無事成長してくれました。この時にはさすがに双子ということもあって妻のお腹ははち切れんばかりの大きなお腹になっていました。

出産予定日は10月8日頃と言われていました。出産方法は条件が揃っているということで、帝王切開ではなく5日から誘発分娩をすることになりました。

世間ではコロナも少し落ち着いてきたとはいえ、やはり出産の立ち合いや、面会も出来ないと言われたので僕は自宅で連絡を待つことに。

出産早まる

5日から誘発分娩をして出産は8日頃が予定日でしたが、小さい子のほうがしんどくなってしまい5日の21時から緊急帝王切開をすることになりました。

まさかの展開に少し焦りましたが、22時14分無事生まれたと当直の先生から連絡がきました。この時は本当にホットしました。

長男2790g 海音(カイト)
次男2210g 湊人(ミナト)

名前はいつまでも二人仲良く寄り添いあって生きていってほしいと
願いを込めてつけました。

出てきた瞬間二人とも元気に泣いてくれたみたいです。
この時は産声を聞くことが出来ず実感があまり湧きませんでした。

弟のミナトは少し血糖値が低いというので、NICUに行くことに。この時は
まぁすぐ出てこれるだろうと言われてたので、この後まさか二ヶ月近くも入院することになるとはこの時は全く思っていませんでした。

次の日NICU(新生児特定集中治療室)に面会に行けることになりました。なぜか元気な兄カイトには会えないという不思議なシステムに戸惑いながらも、初めての我が子に会えることに嬉しさを覚えた。

NICUの重い扉が開き中には生まれたての小さな赤ちゃんが沢山いる。看護師さんに案内されミナトのとろへ。赤くて小さな赤ちゃんがベットに寝ていた。(あ〜僕は父親になったんだと)ようやく実感が湧いた。無事生まれきてありがとう。無事ん産んでくれてありがととう。妻と子供達に感謝でいっぱいになりました。

早く双子が揃った所が見たい、そう願わずにはいられませんでした。

父 ミナトの戦いに続く